ポッキリ折れた…がんばれなくなった時の心のあり方とは。

こんにちは。絵本作家の森みどりです。

先日新刊絵本の出版イベントをやり遂げたあと、ポッキリ折れて動けなくなってしまいました…。

元々夏の暑さが大の苦手で、体調が思わしくなかったことなど原因は色々考えられるのですが、
この燃え尽きの本質は、
「自分でも気づいていない無理が限界を超えたこと」
にあるのではないかという気がしています。

なぜそう思うかというと、ポッキリ折れてからというもの、「今までなんとなくしんどいけどこなしていた付き合い」とか、「気が進まないけど、やった方がいい気がしているからやっていること」ができなくなったのです。
身体から拒絶反応が起きているように、全くできなくなりました。

そもそも、ポッキリ折れるきっかけとなったのは、ある食事会。
私は元々、会食系が苦手です。
緊張しやすい性格で、かつマルチタスクが苦手なので、
話しながら食事もする、ということが離れ業のように思えます。
その上、痩せ型で胃が小さいのか、食べるのがめっぽう遅いのです。だけど、他の人のペースを乱さないように早く食べないとというプレッシャーも感じてしまいます。私のペースが遅かろうが、周りの人は全然気にしないだろうとわかってはいます。でも気になってしまうのです…。

でも、これまでの人生では食事会を幾度となくこなしてきました。
その時は無理しているとは思わずに、こんなものだろうと思いながら、そこまで辛いとも思わずやってきたのですが。

この度の食事会で初めて、あれ?私、無理してる?と気が付きました。

だって、緊張して胃が苦しくて食べたり話したりするどころじゃないし、呼吸も苦しくて手足が痺れてきてる。
体がカチカチになってSOSを出しているのがわかりました。

吐き気も辛くて、途中でトイレに行き一息しました。
数年前から、乗り物や外食でパニック発作が出るようになっていましたが、しばらく落ち着いていたから油断していたけれど…ついにきたか、という感じでした。

この時の会食は辛くて苦しい、永遠とも思える時間でした。でも。
気がつけたのです。
私、無理してる!

そう気がつくと、今までの会食や人と会う用事なども、よくまあこなしてこられたものだと驚きました。

もちろん、人と会ったり、会食したりするのは大事です。
仕事などで関係者の方とお会いする機会はこれからも大切にしていきたいと思います。

でも、そういった自分にとって大切と思える会食以外は無理して出なくてもいいんじゃないかな?

そう思いました。

自分でも無理して参加してるつもりがなかったので気付くのが遅れましたが、
これからはもっと、自分が楽でいられる状況を選んでいい。
しんどそうだなあと思ったら逃げていい。

今まで自分でも気づいていなかった無理に気づかせるために、心と体がフリーズして
「もうしんどいことは手放していいんだよ、頑張らなくていいんだよ」
と言ってくれている気がしました。

無理しないで、心ゆくまで休もう。
今年の夏休みは子どもと一緒にいっぱい寝よう。

そう思うきっかけになりました。

読んでくださっているあなたにも、同じような経験があるかもしれません。
自分が自分らしくいられる方向からずれてしまっている時。
心と体は全力で「そっちじゃないよ!」というメッセージを送ってくれます。
それは多くの場合、「嫌だ」「辛い」という率直な感情として現れるのではないでしょうか。

私の場合、自分でも辛いとなかなか気づけていなかったので、
強制終了という感じで体と心がシャットダウン状態になって教えてくれました。

「嫌だ」というような感情はネガティブものとして捉えられがちですが、
自分を守ろうとする心と体のメッセージとして、大切にしていっていいのではないかな、と思います。

この記事を読んでくださった方々が、ご自分のありのままの感情を大切にできますように。
最後までお読みくださりありがとうございました。


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この記事を書いた人

絵本作家・イラストレーターとして活動させていただいています。

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